1879年に沖縄県が誕生するまでの間、約450年にわたり続いた琉球王国。中国や東南アジア、インドとの盛んな貿易によって、さまざまな工芸品がもたらされました。そういった歴史的背景もあり、独自の文化を形成してきた沖縄にはたくさんの伝統工芸品があります。
なかでも染織物は、経済産業省が認定する「伝統工芸品」のうちなんと約3分の1が沖縄のもの。豊富な種類がある中、今回ご紹介するのは、伝統工芸品の一つ「首里織」で作られたファーストシューズ。よちよち歩きを始めた赤ちゃんが生まれて初めて履く靴です。
沖縄には各地方でさまざまな特徴を持つ染織物がありますが、なかでも王府の城下町として栄えた首里で織り継がれているのが「首里織」です。王府の貴族や士族のために色や柄が追求され、格調高く美しい織物が織られてきました。地位によって身につけることのできる模様が決まっているため、様々な技法を用いて多彩な模様が織られるのが特徴です。原材料には絹糸を中心として木綿糸、麻糸、芭蕉糸等が使われ、染料には主に沖縄に自生している植物を使います。
大変貴重な首里織のファーストシューズを作っているのは、首里織工房 寿庵の吉浜博子さん。織物には多くの工程があるため、各工程を専門の職人が分業する方法もありますが、首里織の大きな特徴のひとつが、全ての工程を一貫して1人で手作業で生産するということ。デザインや必要な糸の量の計算を行う一方で、山に入って染料に使う木の皮を切り出したり、デザインに合わせて糸を染色するなど、織り以外の工程も全て吉浜さん一人で行われています。非常に幅広い知識と技術が必要となります。
吉浜さんの作品は「うりしゃ・んす(Urisja, Nsu)」というブランド。「うりしゃ(嬉しい)」と「んす(御衣やお召し物)」という沖縄の言葉を組み合わせたもので、御衣(んす:沖縄方言)を身につけたときの嬉しさを感じてもらいたいという願いが込められています。ロゴマークは繭という字の象形文字をデザインしたもの。蚕が生まれ、成長し、紡がれる純白の糸から作品が作られていくことを表現しています。
反物や帯をはじめ、ブックカバーや名刺入れなどの小物も作るうりしゃ・んす。伝統工芸品である首里織をもっと生活の一部に感じてもらいたい、肌のやわらかな赤ちゃんに触れてもらえるものはないだろうか?という想いから「首里織でファーストシューズを作りたい!」という考えに至ったのだそう。
ただ実際にハンドメイドの首里織を使って靴を作るとなると、どうしても値が張ってしまいます。「靴工場に問い合わせたところ100足単位でないと作れないと言われ、売れなかったらどうしよう、と一度はあきらめました。それでもしばらくして、やっぱりどうしても作りたいという想いが出てきて。もし売れなければ、その時に考えればいいわ〜、と考えたら気持ちが楽になって、一歩踏み出すことができました」と吉浜さん。
構想から完成まで6年ほどかかったという、うりしゃ・んすのファーストシューズ。岡山県にある靴の工場と何度もやり取りをし、靴として耐えられるよう布の強度を調整したり、織り機で織ることができる布のサイズで試作をしたりと、決して簡単な道のりではありませんでした。
中敷きは東京の皮職人が作っており、中敷きに押されたロゴマークは東京の老舗箔押所にお願いをして箔押ししているそうです。さまざまな職人の手を渡って完成する、吉浜さんのこだわりが詰まったファーストシューズです。
ファーストシューズに使われている首里織は「首里花織」という技法。シンプルな単色の生地に可愛らしい模様が浮かび上がっています。色は男の子でも女の子でも使いやすい青と赤の2種類。素材は国産のシルク100%で、美しい光沢があります。
吉浜さんはご自身のお孫さんにこのファーストシューズをプレゼントしたといいます。「ファーストシューズを履ける期間は本当にあっという間です。履いた後も記念に保管しておけるように、箱は紙選びからこだわって作りました」
ヨーロッパでは、ファーストシューズは玄関に飾ると幸運をもたらしてくれるという縁起物。両親以外からプレゼントされると縁起が良いとも言われ、出産祝いにファーストシューズをプレゼントする風習があります。上品で柔らかな風合いのある希少な首里織で、使いやすさにもこだわった可愛らしいデザイン。初めて靴を履くお子さんを大切に想って、何人もの職人が関わって作られました。吉浜さんのこだわりがギュッと詰まった、うりしゃ・んすのファーストシューズは、お孫さんや親戚のお子さんへの出産祝いにぴったりです。
北海道旭川市出身、沖縄県在住。函館で大学を卒業したのち上京し、航空会社のシステムエンジニアに。都会で過ごすこと約8年、違う世界が見たくなり、飼い猫2匹とともに沖縄に移住して転職。文章も書くフォトグラファーとして活動を始めて7年目。沖縄の美味しいもの、美しいものを撮影するのが大好きです。
琉球王国の歴史を色濃く残しながら発展を続ける沖縄県の中心地。都会的な街並みの中にも古き良き沖縄らしさを感じられる街です。