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B0033.塩五 泉州銘菓「村雨」と和菓子2種詰合せ

安政元年(1854年)創業の老舗御菓子司「塩五」より、大阪泉州に伝わる銘菓「村雨」と焼き菓子2種類をセットにしてお届けします。 【銘菓「村雨」(むらさめ)について】 「村雨」は上質の小豆に米の粉と砂糖を加えて蒸し上げた古くから泉州に伝わる棹物の銘菓です。 北海道十勝産や丹波産などの上質の小豆を、 やわらかく炊いて、皮を取り除き、細かくすりつぶして、水分を搾り取ったあとのいわゆる"生あん"に、 米の粉と砂糖を混ぜ合わせ、そぼろ状にして、特製の蒸籠(せいろ)に敷きつめ、じっくりと蒸し上げる…というきめ細かな作業を手作りで行っています。 ホロホロとくずれそうな手触りですが、噛むほどにモチモチとし、やがて口の中で溶けてしまうような食感が特徴です。 甘さも控え目ですので、子供からお年寄りまで男女を問わず幅広い層に人気があります。 「村雨」は生もので、保存料もいっさい使用しておりませんので、消費期限(品質保持期限)は3日間(製造日を含めて)となっております。 夏季はカビが生えやすく、また冬季は固くなりやすいのでご注意ください。 明治36年、第五回内国勧業博覧会に「村雨」を出品し、優良品として褒め状を授与されました。 また、明治42年2月には「村雨」の商標登録を果たしております。類似商品にはご注意下さい。 【そのほかの和菓子について】 栗まん:蜜漬けのきざみ栗を混ぜた白あん入りの焼菓子 椿寿(ちんじゅ):貝塚寺内町の中心寺院として「ぼっかんさん」として親しまれている「願泉寺」に咲く名花「卜半椿(ぼくはんつばき)」にみたてた小豆こしあん入りの焼菓子

10,000 以上の寄附でもらえる
  • 常温
  • 冷蔵
  • 冷凍
  • 定期便
  • ギフト包装
  • のし
容量
村雨(登録商標)  1本 栗まん  3個 椿寿(ちんじゅ) 3個 ※画像はイメージです。上記以外は入っておりません。 ※防腐剤・保存料不使用

安政元年(1854年)創業の老舗御菓子司「塩五」より、大阪泉州に伝わる銘菓「村雨」と焼き菓子2種類をセットにしてお届けします。 【銘菓「村雨」(むらさめ)について】 「村雨」は上質の小豆に米の粉と砂糖を加えて蒸し上げた古くから泉州に伝わる棹物の銘菓です。 北海道十勝産や丹波産などの上質の小豆を、 やわらかく炊いて、皮を取り除き、細かくすりつぶして、水分を搾り取ったあとのいわゆる"生あん"に、 米の粉と砂糖を混ぜ合わせ、そぼろ状にして、特製の蒸籠(せいろ)に敷きつめ、じっくりと蒸し上げる…というきめ細かな作業を手作りで行っています。 ホロホロとくずれそうな手触りですが、噛むほどにモチモチとし、やがて口の中で溶けてしまうような食感が特徴です。 甘さも控え目ですので、子供からお年寄りまで男女を問わず幅広い層に人気があります。 「村雨」は生もので、保存料もいっさい使用しておりませんので、消費期限(品質保持期限)は3日間(製造日を含めて)となっております。 夏季はカビが生えやすく、また冬季は固くなりやすいのでご注意ください。 明治36年、第五回内国勧業博覧会に「村雨」を出品し、優良品として褒め状を授与されました。 また、明治42年2月には「村雨」の商標登録を果たしております。類似商品にはご注意下さい。 【そのほかの和菓子について】 栗まん:蜜漬けのきざみ栗を混ぜた白あん入りの焼菓子 椿寿(ちんじゅ):貝塚寺内町の中心寺院として「ぼっかんさん」として親しまれている「願泉寺」に咲く名花「卜半椿(ぼくはんつばき)」にみたてた小豆こしあん入りの焼菓子

10,000 以上の寄附でもらえる
  • 常温
  • 冷蔵
  • 冷凍
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村雨(登録商標)  1本 栗まん  3個 椿寿(ちんじゅ) 3個 ※画像はイメージです。上記以外は入っておりません。 ※防腐剤・保存料不使用
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ホロホロと優しい甘さ広がる、貝塚銘菓「村雨(むらさめ)」

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ヤマト運輸常温便でお届けします
※不在日時・配送希望時間があるかたは、必ず備考欄へご記入ください。
※消費期限が短いため、北海道・沖縄県その他離島への発送はできません。
※発送可能な地域でも、災害・交通事情等により翌々日以降の到着になることがあります。
※店の休業日(毎週火曜日、第2第4水曜日)と12月31日は出荷できません。

安政元年から続く、泉州貝塚御菓子司『塩五』

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★返礼品提供事業者のご紹介★

『塩五』と書いて「しおご」とよみます。
地元では親しみをこめて「しょうご」と呼ばれることもあります。
初代塩屋五兵衛は、それまで代々、干菓子やニッキ餅などを作って商売をしていた泉佐野の地をはなれ、貝塚で新たに菓子屋を開業しました。
それが、江戸時代末期、幕末の安政元年(西暦1854年)のことです。※貝塚市は現在の関空・泉佐野市の隣に位置します。

創業者の塩屋五兵衛(明治維新後、塩谷姓となる)は、その名から『塩五』と呼ばれ、
家業を継いだ子孫も代々「五」の字がつく名が多く、地元では塩谷家は今日にいたるまで、『塩五』の家号で呼ばれてきています。
明治の中頃からは、「塩谷堂(しおたにどう)」という店名で営業していましたが、
昭和40年代半ばころより店名も『塩五』となり、平成4年(1992年)には法人化して「株式会社塩五」としました。

泉州貝塚御菓子司「塩五」 ホームページはこちら

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