京都府の北部に位置する、日本海に面した京丹後市。このあたりは“奇跡の漁場”と呼ばれる海産物の宝庫です。山から養分を含んだ水が流れ込む沿岸部、対馬海流が流れる沖合上層部、そして低温で栄養に富んだ海底部と、3つの環境があるのがその理由。それぞれの海域で、バラエティ豊かな魚介類が育まれているのです。
なかでも、沿岸部はアワビの生息地。京丹後市網野で魚介類の加工・販売を行っている「魚政」で見せてもらうと、つややかな天然黒アワビは、あふれんばかりにみっちり貝に詰まっています! このままお刺身で食べても、もちろんおいしいのですが、その旨味を手軽に家庭でも味わえるのが「やわらか蒸しアワビ」です。1950年代に行商からスタートし、長年このあたりの海産物を取り扱ってきたプロ、魚政が作り出した商品です。
丹後半島の美しい景色と言えば、海のブルーとコントラストをなす山の緑。天然アワビのおいしさには、この山の存在が欠かせません。「ミネラルをたっぷり含んだ湧水が山から海に注ぎ込む岩場にアワビは育ちます。それはごく一部で、数十メートルの限られた範囲です。海がきれいなだけではなくて山も重要。自然環境はつながっているんです」と「魚政」の代表取締役・谷次賢也さんは話します。
丹後半島は「丹後ちりめん」の産地としても有名。谷次さんが子どものころは、家々から機織りの「バッタン、バッタン」という音がひっきりなしに聞こえてきたそう。「魚政」が創業したのはそんな1950年代。谷次さんのお母さんが行商で魚を販売したのが始まりでした。その後、網野の市場に両親で出店。ちりめん産業でにぎわうまちの人々に海産物を販売する地元密着の店でした。やがてちりめん産業に以前の活気が失われると、今度はカニなどの海産物が全国から注目を浴びるようになり、観光業がさかんに。「魚政」も店舗を拡大し、旅館に商品を卸し始め、今では大阪や京都の料理店にも海産物を提供しています。
「やわらか蒸しアワビ」を谷次さんが考案したのは10年ほど前。その理由は「いつでも、おいしいアワビを食べてほしい」という想いから。というのも、アワビは禁漁期間の9月から11月以外は捕ることができますが、身が大きくなるアワビの旬は、夏。そして多く捕れるのは1月から3月。天然だけに、どうしても捕れる時期にばらつきが出てしまいます。そこで、加熱して冷凍で保管する「蒸しアワビ」を商品化。生とは違った味わいが絶品で、たちまち人気商品になりました。「生のお刺身だとコリコリとした食感ですが、加熱すると柔らかくなり、旨味が増します。ぜひ季節を問わず京丹後のアワビを味わってほしい」と谷次さん。購入者からは「ほかのアワビとは味がぜんぜん違う。臭みがない」という感想メールも届いているほどです。
「魚政」では京都府産の海産物は、すべて自社で加工まで行っています。この「蒸しアワビ」のポイントは、「加熱の温度と時間」と谷次さん。「加熱しすぎると硬くなってしまう。アワビを知り尽くしている私たちだからこそ出せる柔かな食感です」。捕れたアワビは活魚用の「マイクロナノバブル鮮度維持装置」でいけすに空気を送り込み、鮮度のよい状態をキープ。加熱には特殊な「スチームコンベクションオーブン」を使い、高温・短時間で酒蒸しにしています。
谷次さんが自信を持っておすすめする理由は、届いてから温めるだけで食べられる手軽さにあります。「家庭ではつい加熱しすぎて硬くなりがち。おいしいアワビ料理は料理屋さんでないとお目にかかれなかった。ですが、これなら簡単にアワビ料理を家で食べられます」
商品にすでに火は通っているので、解凍し、袋に入っている出汁を捨て、アワビを温めればOK。このとき、加熱して解凍をするとアワビが硬くなってしまうので、冷凍庫から冷蔵庫に移してゆっくり解凍を。さらに味付けをして調理をする場合も、温める程度の加熱に留めておくことがポイントです。「スライスして、バターで軽く焼いて醬油を少したらす。これで完璧です!」と谷次さんの一押しはバター焼き。このほか、アヒージョに入れるのも合うそうです。
「京都市の市場でも働いて、全国の魚を勉強してきました。そのことで、京丹後の海産物により一層愛着がわきました。アワビにはアワビの、カニにはカニの、質のいい海産物が捕れる理由があります。おいしいものは、全国にいろいろありますが、京丹後は海流、地形などすばらしい魚介類が育つ条件がそろっています。味を決めるのは『鮮度がいい』『海がきれい』、それだけではないんですよ。この味は、ここでしか生まれない。そんな京丹後のアワビを、多くの人に家庭でも楽しんでほしい。その一心でお届けしています」。そう、京丹後の海産物への想いを熱く語ってくれた谷次さん。
「おいしい」には理由があるーー。取材を終えて、電車の窓から日本海を見ていると、そんな谷次さんの力強い言葉がよみがえってきました。「やわらか蒸しアワビ」は、地元食材への誇りと愛着、それを届けたいという熱い想いも詰まってできた京丹後の味。ひと口で“奇跡の漁場”のとりこになるような、そんな商品です。