皆さんは、元旦にお屠蘇(とそ)を飲みますか?日本古来の風習が薄れつつある昨今、「お屠蘇って聞いたことあるけれど、由来や作法はよく知らない」という方も多いかもしれません。お屠蘇は一年の邪気を祓い、無病息災を願うならわし。サンショウやケイヒなどの生薬を配合した屠蘇散(とそさん)を日本酒やみりんに浸し、年齢の若い順にいただくのが一般的です。元旦に家族が顔を揃え、健康や幸せを願う日本の美しい風習。ぜひ後世に伝えたいものです。
ご紹介する返礼品は、こうしたハレの日にふさわしい山中塗の「屠蘇器(とそき)」。優美な扇の蒔絵が、新年を晴れやかに彩ります。漆器といえば高価なイメージですが、プラスチック樹脂の素地を用いた近代漆器ならお値段も手ごろ。山中塗は、この近代漆器の分野で全国トップレベルの技術と品質を誇ります。
今回訪れたのは、山中塗の産地である山中温泉地区。石川県加賀市の山あいにある、旅情豊かな温泉地です。鶴仙渓(かくせんけい)とよばれる渓谷に沿って宿が立ち並び、春の新緑、秋の紅葉など四季折々の風景はまるで絵巻物のよう。メインストリートのゆげ街道には土産物屋が軒を連ね、そぞろ歩きが楽しい通りです。
開湯から1300年の歴史を紡ぐ山中温泉。今も昔も変わることなく遠来の人々を温かく迎えてくれる、懐の深い街でもあります。
今回の返礼品を企画製造している天保元年(1830)創業の有限会社ミタニを訪ねました。有限会社ミタニは、江戸天保元年より山中漆器の歴史とともに歩んできた老舗の漆器メーカーとして、主に近代漆器の企画デザインや、製造卸を手がけています。同社が取り扱う「山中塗」は高度な木地ろくろ挽き技術で知られ、「木地の山中」とも称されるほど。7代目の三谷洋史さんは「木製漆器に比べ、あまり注目されることのない近代漆器ですが、実はこちらもすごいんです」と話します。
山中塗が生まれたのは、およそ400年前の安土桃山時代。挽物の器を作って生活していた木地師が山中温泉上流の真砂に定住し、木地を挽いたことが始まりだといわれています。当初は温泉客への土産物として販売していましたが、江戸時代に入り漆塗りや蒔絵の技術を会津や京都・金沢から三代目三谷屋伝次郎らが取り入れて発展してきました。
昭和33年頃からは木製漆器に加え、プラスチック樹脂の素地にウレタン塗装を施すという近代漆器の生産にいち早く取り組みました。近代漆器を中心に、伝統に技術で培われた高度な塗装・蒔絵技術を生かしながら、食器やインテリア用品など今の時代に見合った商品開発を行っています。軽くて割れにくく、価格は手ごろ。素材によっては家庭用電子レンジや食器洗浄機が使えるものもあり、デザインだけでなく機能もハイレベルです。
同社の展示室に並ぶ近代漆器は、華やかな蒔絵を施した重箱から、ホーロー風の器までさまざま。木目が美しいPET樹脂の汁椀は、木製漆器と見分けがつきません。「下塗り、研ぎ、上塗りと塗装を重ねています。山中塗の伝統技術の応用ですね。陶器の風合いも表現できますよ」
山中で近代漆器の生産が始まったのは昭和30年代。高度成長期の需要の高まりに木製漆器の生産が追い付かず、樹脂製の近代漆器が開発されました。さらに技術を生かし、食器だけでなく電話台や時計、照明器具といったインテリア雑貨も手がけるようになると、引き出物や記念品として大ヒット。近代漆器の一大生産地としての地位を築き上げました。
現在、山中塗の生産額の約75%は近代漆器が占めています。「木製漆器と近代漆器を合わせた生産額は日本一なんですよ」と三谷さん。木製漆器の技術と伝統を大切に守り継ぎながら、近代漆器で産地を支える。伝統と革新の両輪があるからこそ、現在の山中塗があるというわけです。
樹脂製というと、工場で大量生産される工業製品というイメージが浮かぶかもしれません。実は私もそうでした。けれども今回特別に工程を見せてもらい、作り手の皆さんの話を聞くと、近代漆器は手仕事を生かした工芸品そのものだということを実感しました。皆さんも製造工程の一端を、ぜひご覧ください。
山中塗の生産は完全分業制。近代漆器でも成型・塗装・蒔絵の各工程を、専門の職人が分業で手がけます。まず最初に訪ねたのは成型の工場。大小さまざまな金型が並ぶ工場内では、木粉入りフェノール樹脂を使って成型が行われていました。「金型の形や大きさによって、成型の方法や仕上がり時間が違います。そのあたりの見極めは、職人の熟練度がものを言いますね」。
完成した素地は、塗装の工程へ。素地を塗装台にセットし、エアスプレーで均一にウレタン塗料を吹き付けていきます。「素地の形はさまざまですからね。複雑な形のものや、木目を生かしたものなどは技術が必要です」。手作業でひとつずつ、美しい塗装が施されていました。
山中塗にはスクリーン印刷という蒔絵技法があります。これは絵柄をデザインした版を用いて漆や塗料を刷り込む技法。「実はスクリーン印刷の技術を蒔絵に導入したのは、全国でも山中塗が最初なんです」とのこと。版画のように色ごとに版を作って重ね刷りをし、仕上げに金粉を蒔いたり、立体的な盛絵をほどこします。
「印刷」と聞けば簡単に刷り上がるように思いますが、職人の緻密な仕事は手工芸そのもの。ひとつひとつの作品に、作り手の思いが宿ります。
品物によっては、手描き蒔絵がほどこされるものも。蒔絵工房を訪れると、職人が制作の真っ最中でした。漆で文様を描き、金粉や銀粉を蒔いて加飾する蒔絵の技術は、当然ながら一朝一夕に習得できるものではありません。熟練の技が描き出すのは、雅やかな日本の伝統美。桜の花びらを描く繊細な筆づかいに、見ている私まで息を止めてしまいます。
今回の返礼品「胴張屠蘇器 天上の舞」も、こうした近代漆器の技術の粋を集めた逸品です。つややかな塗装はまさに職人技。華やかな蒔絵は、スクリーン印刷と丁寧な手仕事で立体的な盛絵として表現されています。
木製漆器と素材は違えど、職人たちは山中塗の伝統技術を生かし、新たな価値を生み出し、「どこよりも良いものを作る」というプライドをかけてものづくりに挑んでいます。木製漆器と近代漆器が共存する産地ならではの品質。ぜひ手に取ってみてください。
樹脂を使った近代漆器は気軽に使えるうえ、メンテナンスも楽。近年は抗菌素材の漆器も開発され、時節柄人気を集めているそうです。「現代の暮らしやニーズに合わせて、日々試作を重ねています」と三谷さんは話します。
ご紹介した屠蘇器は発売以来のロングセラーだそう。「気軽に使えることこそ近代漆器の魅力」という三谷さんの言葉通り、身構えることなく手に取ることができ、お手入れの心配なく使い続けられる点が、多くの人に受け入れられる理由なのでしょう。来年のお正月は、この美しい屠蘇器とともに迎えてみませんか?
およそ30年、観光雑誌や観光系Webの企画・取材・執筆・撮影・制作などに関わり、北陸を知り尽くしたライター集団の事務所。取材範囲は北陸のみならず、広範囲。旅好きの集まりなのでプライベートでも全国、海外へ。楽しく取材してその魅力を存分に伝えます。
加賀市の加賀温泉郷は北陸有数の温泉地。山中塗や九谷焼などの伝統工芸や、山海の幸を生かしたグルメも魅力です。