群馬県伊勢崎市は関東平野の北西に位置する、ほぼ平坦な地方都市。明治以降、「伊勢崎銘仙」が全国でも有名になり、織物の町としても発展しました。そんな伊勢崎市の住宅街の一角にあるのが、「工房嶌吉(しまよし)」。工房を主宰する毒島吉一(ぶすじま・よしかず)さんが高級品として知られる山葡萄のカゴなどを製作。一般の人を対象に、教室も開催しています。
お礼の品となっているのは、群馬県産の山葡萄(ぶどう)の樹皮で製作した、約1cmの花が並んでいるように見える「花結び」の手提げカゴ。きれいに編み込まれた小さな花が独特の気品を漂わせ、幅広い世代の人に愛用されています。自然素材を使っているため、使い込むほどにツヤや柔らかさが増していくのも特徴です。
自宅兼工房を訪ねると、玄関先には山葡萄の樹皮がところ狭しとつるされています。一見すると、なんの変哲もない茶色い紐状の樹皮が一体、どんな変身を遂げるかというと…。
自宅の一室に設けられた小さな店舗に一歩、足を踏み入れた途端、思わず感嘆のため息が。店舗内には、毒島さんが一つひとつ丹精込めて作った山葡萄のカゴや長財布、アクセサリーがずらり。自然の素材が持つ温かさや素朴さ、細やかな手仕事が生み出す繊細な表情。その独特の美しさに目を見張ります。これがすべて、手作業で作られているなんて驚きです。
毒島さんと山葡萄との出会いは十数年前。当時、公務員だった毒島さんは定年を前に、「人生第二のステージでは一生続けられる仕事がしたい」と職場の休日を使って、日本各地へ“職業探し”の旅に出ました。気の向くまま、興味の向くまま、人やモノ、景色との出会いを重ねました。もともと、モノづくりが好きだった毒島さん。宝飾細工を習いに行ったり、設計士の資格を取得したりしながら、家族との時間を大切にするため自宅でできる仕事を模索していました。
そんな時、あるイベントで高齢の男性がカゴを編んでいるのを見て興味を覚えました。それが、「編む」こととの出会い。その後、ネットなどで山葡萄のカゴを知り、その美しさに魅了。たまたま出かけた群馬県の骨董市で山葡萄のカゴを販売していた師匠と出会い、勤めの傍ら、時間の許す限り師匠の元に通い詰めて技術を磨きました。
1つの手提げカゴができるまでには、気の遠くなる作業を重ねます。まずは6月中旬、山葡萄探しからスタート。群馬では標高1000m以上の場所でないと、山葡萄が自生していないことから、片道2時間かけて群馬県北部の山々に分け入ります。山葡萄を採取するのは、樹皮がむきやすい梅雨の時期のみ。毒島さんは1シーズン10回ほど山に通って山葡萄を採取します。使うほどにツヤや深みを増していくことが山葡萄の一番の魅力ですが、このように原料そのものが手に入りづらいという希少性、さらには樹皮が丈夫なため製品が長持ちすることも山葡萄が好まれる理由です。
採取した山葡萄は樹皮をむいて干して、幅と長さをカットしたらようやく作業開始。返礼品の「細花結び」は霧吹きで樹皮を濡らして柔らかくし、3本の樹皮を結んで約1cmの“花”を作っていきます。「これを均一の大きさにするのがひと苦労」と毒島さん。聞けば、同じ大きさにするために、感覚を頼りに樹皮の厚さや幅をその都度削っていくとのこと。綺麗に並んだ花こそ、まさに職人芸です。1つのカゴを飾る花の数は、なんと1000個以上!製作期間は約半年というから驚きです。「毎日、8時間みっちり製作していたら、もっと早くできると思います。でもね、それだと気持ちが続かないんですよ」と笑う毒島さん。どれほど、作業に集中力と根気が必要なのか、その言葉から伝わってきます。
「山葡萄カゴの一番の魅力は『品』ですね。和風のブランドとでもいうのか、日本人の美意識、感性に合うんです。なので、着物を着た人にお買い求めいただくことも多いです。もちろん、洋服にも合いますよ」と毒島さん。確かに、服装だけでなく、日常の買い物にも、特別な日のお出かけにも、どんなシーンにも持って出歩きたくなるおしゃれなカゴです。また、自然の素材を使っているため、使えば使うほど、風合いやツヤが増し、カゴの中にモノを入れたりすることで、形も次第にふっくらとしてくるとか。「とにかく、眺めるのではなく、どんどん使ってほしい。ワンコを散歩させるように、連れ出してほしいですね」
毒島さんが愛情と手間をたっぷりかけて製作したカゴは、手にした人がさらに愛情を注ぐことで、美しさに磨きがかかるのです。手で触れて、太陽の陽を浴びて、一緒にお出かけすることで、その輝きも増していきます。使うほどに柔らかくなり、手になじんでいくのと同様に、使う人の”人生”にもしっくりとなじんでいく。まさに一生モノのバッグです。
毒島さんが一番、大切にしているのは「製品を購入した人に喜んでもらいたい」という思い。例えばカゴの手提げ部分にも、その思いが反映されています。とかく、こうした自然素材の手作りのカゴは手提げと本体のつなぎ目が折れたり、樹皮が切れたりすることがあるそうです。そうした声を耳にした毒島さんは、手提げと本体のつなぎ目が可動するようにして、負荷がかからないよう工夫したり、手提げのカーブ部分を接着剤で補強したりしています。
また、驚くべきことに工房嶌吉では、修理が無料。しかも、嶌吉以外の製品もOK。そこまでする理由を尋ねると、「山葡萄の製品は決して安くないでしょ? せっかく気に入って購入したものだから、壊れたからといってしまいこまず、長く楽しんでもらいたいんですよ」と毒島さん。製品に対する愛情がひしひしと伝わってきます。
さらに「オンリー1」を目指し、さまざまな製品づくりに挑戦する毒島さん。その代表作が「紫陽花(あじさい)」です。実用新案を登録したこの模様は、花結びで紫陽花の花を表現したバッグ。また、網代編みはポピュラーですが、毒島さんはわずか3mmの幅の細かな網代のバッグを製作しています。
現在は息子さんも技術を身につけ、一緒に製作に励んでいます。「息子と一緒にできるのが生きがいであり、この仕事を始めるにあたっての大きな目標でした」と毒島さん。これからは息子さんと2人、山葡萄の新しい魅力を広めていくことでしょう。
自然素材の素朴な風合いと美しさを併せ持つ山葡萄の製品は、使い込むと飴色に変化するそうです。「はっきりした根拠はないけれど、群馬の山葡萄の樹皮は赤っぽい気がします。地域によって色合いが変わるのも味わい深いですね」と毒島さん。群馬県の大自然と、毒島さんの手仕事の“合作”で生まれた山葡萄バッグは長年、愛用できる一生モノです。