色鮮やかな赤い掛け紙がトレードマークの「鶏めし弁当」。全国にたくさんのファンがいるこのお弁当を製造・販売しているのは、JR大館駅の向かいにある駅弁屋「花善」です。秋田県産米「あきたこまち」を秘伝の鶏の煮汁で炊き上げ、甘辛く煮込んだ鶏もも肉、そぼろ卵や栗の甘露煮、インゲンをご飯の上にのせ、彩り豊かな副菜を添えたお弁当は、見た目も美しく食欲をそそります。
JR秋田駅をはじめとする秋田県内の新幹線停車駅のほか、秋田空港、新青森駅、盛岡駅などで販売しています。
明治32(1899)年、大館駅の開業と同時に創業した花善では、戦前、大館名物「きりたんぽ鍋」をお弁当に仕立て、駅弁として販売していました。しかし、冷めた「きりたんぽ弁当」はあまり好評ではなく、売れ残る日も多かったのです。その余った鶏肉を無駄にしないよう甘辛く煮付け、社内のまかないとして食べていたのが、現在の鶏肉の味付けの原型となりました。
味付けご飯が誕生したのは、戦後間もない頃のこと。物資が不足する中で、配給された米・砂糖・醤油・ゴボウをまとめて炊いたのが始まりでした。当時の秋田では、味をつけてご飯を炊き上げるという食べ方が珍しく、周囲からはとても驚かれました。
この味付けご飯に、甘辛く煮付けた鶏肉を合わせ、「鶏めし弁当」として販売スタートしたのが昭和22(1947)年。以来70年以上、同じ味付けを守り、秋田名物として愛される駅弁になりました。
お弁当の蓋をパッと開けたとき、「わぁ美味しそう!」と喜ぶお客様の笑顔を見たいーーその想いから、お弁当の詰め方には徹底的にこだわっています。「鶏肉の重量が規定どおりでも、皮の量が多かったらお客様は『えっ?』となります。ただ同じ量を入れるのではなく、皮と肉のバランスをほどよく、そぼろ卵と肉の割合も見た目に美しくなるよう、厳しくチェックしています」と、毎日お弁当を製造しているスタッフは話します。
「作り手にとっては何千個、何百個のうちの1個であっても、お客様にとってはたった1つのお弁当。楽しみに買ったその1つが、ハズレであってはならないんです。『一人一食=一人が食べる一つのお弁当』を作っているのだと意識して、見た目もきれいで、美味しいお弁当を提供するよう心がけています」。
お客様の「美味しい!」という笑顔のために、日々、お弁当を作り続けています。
東京や大阪で「鶏めし弁当」の実演販売をすると、「前に食べて、とても美味しかったから、また買いに来ました!」「昔、秋田で食べたのを思い出して、懐かしい気持ちになりました」と、1人で何個も購入する人もいます。
味が美味しいのはもちろんのこと、鶏めしを食べることでふるさとの情景を思い出したり、家族を懐かしんだり…名物にはそのような役割もあるのかもしれません。遠く離れていても「鶏めし弁当」を通じて秋田とつながったり、久しぶりにふるさとで「鶏めし弁当」を食べて「あ〜、秋田に帰ってきたな」とホッとしたり。
「鶏めし弁当」は、時に人と人、人とふるさとをつなぐツールにもなるのです。
JR大館駅前にある花善の店舗には、お弁当販売所だけでなく「お食事処」もあります。鶏めしにサラダや小鉢、味噌汁がセットになった「鶏めし御膳」や、「鶏めしチャーハン」「鶏めし出汁茶漬け」など、さまざまなバリエーションで鶏めしをお楽しみいただけます。お食事処の鶏めしは、曲げわっぱの器で提供しています。杉の木が持つ調湿作用で、ご飯をふっくらと美味しい状態で味わえるのが魅力。「曲げわっぱ×鶏めし」の大館名物のコラボをご堪能ください。
大館駅とともに誕生した花善は、これまでも、そしてこれからも「駅弁屋」としての役割を大切にしていきます。時代の流れで大館駅前の風景は少しずつ変化してきましたが、電車を降りて改札を出たら、正面に花善が見えるのは70年前と同じ。今は、駅だけではなく地元のスーパーでも「鶏めし弁当」を販売していますが、駅で売ること、駅前に食堂があることが花善の原点であることに変わりはありません。
また、駅弁である以上、「冷めても美味しいこと」「掛け紙がかかっていること」「駅弁マークが付いていること」を昔からずっと大切にしてきました。
70年以上変わらない味を守り続けているからこそ、ふるさとを懐かしく思い出す味であり、また、繰り返し食べたくなる味として愛されてきたのでしょう。線路の上をどこまでも走る電車のように、秋田名物「鶏めし弁当」は人と人をつなぐ架け橋として、これからもふるさとの味を守り続けます。